管理人 : 松浦明宏
2004年 02月 16日 ( 1 )
哲学講義16 - プラトン (4) イデア論序説-
プラトンのイデア論を理解することは、プラトン哲学の理解にとって、中心的課題です。にも関わらず、プラトンのイデアがどういうものかを言葉で直接的に語り、明確に規定することは、困難です。その理由は以下の通りです。

プラトンは、イデアやイデア界について説明する際、しばしば「比喩」や「ミュートス」
(神話)を用います。(たとえば、太陽の比喩や洞窟の比喩、エルの神話、宇宙創造の神話等)。プラトンが比喩やミュートスを用いる場合には、自分の言いたいことを直接語ることはできないためにそれを「たとえ話」として語るわけですから、 イデアについて言葉で直接的に語ることは、困難であると思えるのです。また、プラトン自身、「書かれた言葉」にどれだけの信頼をおいていたのか、微妙なところもあります。

前回紹介した『第七書簡』だけでなく、『パイドロス』という対話篇の末でも、同様のことが語られます。 言葉には、「書かれた言葉」と「魂の中に書き込まれる言葉」があって、後者は、語るべき人には語り、語るべきでない人には語らずに黙っているということができるが、 前者のように、著作の中で書かれた言葉には、そういうことができない。著作の中に書かれた言葉は、たとえそれが誤解されても自らを弁護することができない。

こうしたことをプラトンが念頭において対話篇を書いていること考えれば、プラトン自身が、自分のもっとも大切にしていたであろう「イデア」について、それを対話篇の中で直接的に語ったということは、考えにくい。むしろ、直接的には語ろうとせず、それをたとえ話として語り、
それをどう受け止めるかを読者に委ねたと考えるのが自然だと思います。その意味で、プラトンのイデア論について、それを対話篇の中で語られる言葉をもとに厳密に再構成したり規定したりすることは、困難なことであると思えるのです。

ただ、そうはいっても、いろいろな仕方で、プラトンのイデアについて説明することは可能であり、 実際、これまで、プラトン自身の書いた比喩等を含めて、無数の人々によってイデアについて語られてきました。 プラトンの書いた個々の比喩や神話については、これから追々紹介することにし、ここではイデア論について理解する一助となり、また、ある意味では前提にもなるであろうと思われる、 プラトンの諸対話篇の区分を一瞥することから始めることにします。

プラトンのさまざまな対話篇は、初期・中期・後期に分けて考えるのが研究者の間では通例となっています。 初期対話篇群は、一般にソクラテス的対話篇とも言われるように、ソクラテスの刑死後まもなく、 プラトンがまだ三十代の頃、ソクラテスの行っていた対話問答をプラトンなりに再構成し、ソクラテスの姿を確認するために書かれたと言われています。短編作品が多く、『ソクラテスの弁明』、『クリトン』、『ラケス』、『エウテュプロン』、『カルミデス』、『プロタゴラス』、『ゴルギアス』などが挙げられます。

中期対話篇群は、プラトンが一回目のシケリア旅行からアテナイに戻って、アカデメイアを設立した四十代から五十代にかけて書かれたと見られる作品群で、この時期に、プラトンはイデア論を初めて明確に提示しました。作品としては、『メノン』、『饗宴』、『パイドン』、『国家』、『パイドロス』、『クラテュロス』などが挙げられます。

後期対話篇群は、アリストテレスがアカデメイアに入学してきた時期以降、つまり、プラトン六十代以降に書かれたと考えられる対話篇群であり、作品としては、『パルメニデス』、『テアイテトス』、『ソフィステース』、『ポリティコス』、『ティマイオス』、『クリティアス』、『ピレボス』、『法律』があります。(以上、各時期への諸対話篇の割り当ては、基本的にコーンフォードに従っています)。

以上の区分のうち、初期と中期を区別する一つの基準は、次のことにあります。プラトンのイデアは、恒常不変性、単相性、単一性、自体性、思惟のみの対象であるといった性格(後述) を持つものですが、こうした性格は、初期対話篇ではまだ明確な形で姿を現しておらず、 それが明言されるのが中期なのです。

・恒常不変性
多くの美しい感覚的事物は醜いものに成りうるが、
美のイデアは、いつも美であり、それが醜になることはない。

・単相性
美のイデアは美という同一のあり方をするのみだが、美のイデアを分有するものは、同時にまた大を分有したりしうる以上、美にして大なるもの、という仕方で、二つ以上のあり方をすることができる。この意味で、イデアを分有するものは多相性をもち、他方、イデアは単相性を持つということができます。(ただし、ここにはイデア相互が分有関係にある場合にどうなるのかという、後期的な問題が含まれていますが、この点にはここでは立ち入りません。)

・単一性
美のイデアは一つだけであり、二つの美のイデアがあることはない。これに対して、美を分有する多くの美しいものどもは、二つ以上あるのが普通である。

・自体性
美のイデアは、自分自身によって美しいが、美のイデアを分有する多くのものどもは、自分だけでは美しくあることができず、美のイデアを分有することによって初めて美しくあることができる。

・思惟の対象
多くの美しいものどもは、身体的な感覚の対象でありうるのに対して、美のイデアは、身体的感覚の対象ではありえず、思惟の対象でしかありえない。イデアとは「心眼によって見られたもの」の謂いである。

こうした性格が明確に語られるのは、『饗宴』、『パイドン』など、中期対話篇になってからなのです。

次に、中期と後期との区別について説明しますと、この区別がどのような意味を持つかについては、 まだ研究者の間で意見が一致していません。

ある人は、特にアリストテレス入学後のアカデメイアの中で中期イデア論について活発な議論が行われるなか、 プラトンは、『パルメニデス』の中で、中期で提示したイデア論が根本的に誤っていたことを認め、 以降、イデア論を放棄した、という路線で考えます。

ある人は、プラトンは後期にイデア論を放棄したわけではなく、イデア論に基づく世界観は保持している。 ただし、後期に入って、中期には未整備だった論理的基礎付けを行い始め、その意味では、イデア論に若干の修正が加えられた、という方向で考えます。

また、ある人は、プラトンが『パルメニデス』で行っているのは、中期で提示したイデア論について、アカデメイアの中で広まった無理解・誤解を批判することであり、 プラトン自身は中期から後期にかけて、特にイデア論に変更を加えてはいない、という路線で考えます。

中期と後期の区分に関する以上の三つの立場について、ここで詳しく検討する余裕はありませんので、 一応、私の考えだけ述べておきます。私は、既にこの講義の中で何度も述べていますように、プラトンの諸対話篇に現れるアポリアについて、 それを「試し」(ペイラ)と見るという立場をとっていますので、『パルメニデス』・『テアイテトス』・『ソフィステース』にあらわれるアポリアは、基本的には読者を試すためのものであると考えます。したがって、『パルメニデス』においても『テアイテトス』以降でも、プラトン自身は、自分のイデア論を放棄してはいないと考えます。プラトンは、少なくとも、中期以降、或る程度一貫したイデア論を念頭におきながら、それをさまざまな角度から表現し、言い換え、言い直すというという試みを繰り返したのだと考えます。 あるいは、霊魂不滅等、各々の対話篇でメインテーマとなっている事柄を述べるのに十分なだけの厳密さを以ってイデアについて記述し、 別の話題がテーマとなった時には、それを述べるのに十分なだけの厳密さを以ってイデアについて記述する、という仕方で、当面の問題を扱うのに応じて、イデアについての記述の仕方が変わり、その意味で、記述の上で或る種の「ブレ」が生じるけれども、それを以って中期で提示したイデア論は「根本的に間違っていた」とプラトンが考えるようになったとか、 プラトンは『パルメニデス』以降、中期イデア論に「大幅な修正を加えた」という方向には、私は考えません。イデアについての記述の違いは、扱う話題の違いに応じた違いでしかないように私には思えます。

さて、その「イデア」について、もう少し詳しく見ていきましょう。「イデア」というギリシア語の原意は「見られたもの」であり、プラトンの場合には、それは既に述べたように、「心眼で見られたもの」という意味です(「イデア」は英語の「アイデア」の語源です)。この「心眼で見られたもの」とは何でしょうか。これを大まかにではあれ理解するために、ここでは、ギリシア哲学の特徴を説明する際に言及した次のことを思い出してみましょう。「多様なものを貫いている一つの普遍的原理を見出す」ということです。

この点について重要なのは、中期末を飾るといわれる傑作の一つ『パイドロス』や、後期対話篇群に属する『ソフィステース』の前半部などに典型的に現れる「ディアレクティケー」という真理探究法です。この方法は、いわゆる「分割と総合の方法」という形をとるわけですが、
そのうち、総合の方法は、次のように定式化されていると考えて構わないでしょう。

「一つずつ別々に横たわる多くのものどもを貫いて、
一つのイデアがあらゆる仕方で伸び広がっていることを(充分に)感知する」
(Soph. 253d)。

たとえば、多くの技術者たちを見渡して、その中に製作という特徴を持った技術者集団(製作術者)がいることに気がつくとき、その人は、個々の技術者という「一つずつ別々に横たわる多くのものども」を貫いている、製作という「一つのイデア」を見出したということになります。

これを、たとえば、多くの図形を見渡して、その中に「三角」という特徴を持つ図形集団(三角形)を見出した、 と言い換えれば、三角(形)のイデアを想起したということになるでしょうし、
多くの人々を見渡して、その中に「美」という特徴を持つ人々(美男美女)を見出した、と言い換えれば、 美のイデアを想起した、ということになるでしょう。

その意味では、総合の過程において、一種のイデア想起が起こっていると考えて構いません。 (想起説については、いずれ機を改めて述べます)。

ただし、以上の説明は、製作、三角、美、といった各々のイデアをまったく同列に扱うことができるという意味で述べているわけではなく、 多くの事物の中に、それらの事物をそれらの事物たらしめ、その根拠づけとなるような、一つの普遍的な特徴を見出すというはたらきが、「総合の方法」という形でプラトンの対話篇の中に典型的に見出されるということを述べている点には注意が必要です。というのは、ここではあまりくわしく立ち入りませんが、プラトンの諸イデアの間には、「製作」や「獲得」など、一般的な特徴を表す諸イデアと、そうした一般的特徴の把握の根拠となると見られる、「ある」、「異」、「同」、「静」、「動」といった、いわゆる「最大の五類」(メギスタ・ゲネー)、 あるいは、「ある」を超越しているとされる「善のイデア」など、諸イデア間にある種の「階層構造」(ヒエラルキー)があり、すべてのイデアを同列に扱うことはできないという事情があるからです。しかし、この点については、ここではこれ以上立ち入らないこととし、
今は、上述の説明にとどめます。

ところで、以上の「総合の方法」による説明は、どちらかと言うと、われわれ人間がイデアを認識する場面での説明、主としてイデア認識という角度から見た説明でした。これを宇宙創造、宇宙の諸事物の「生成の原因・根拠」としてのイデアという視点から見ると、『ティマイオス』に出てくる「デーミウールゴス」(職人)が、イデアを「モデル」にしてこの世界を作ったという、 いわゆる「範型イデア」の話になります。

『ティマイオス』(28a-29a)では、およそ次のような話が語られています。
「常にあるもの、生成ということをしないもの」と、「常に生成していて、あるということの決してないもの」という区別がある。前者は、「常に同一を保つもの」であり、「理性の働きによって、言論とともに把握されるもの」であり、 後者は、「生成消滅していて、真にあるということの決してないもの」であり、「思惑によって、言論を欠いた感覚とともに思いなされるもの」である。「生成するものはすべて、何か原因となるものによって生成するのでなければならない。というのは、どんなものでも、原因となるものなしに生成することはできないからである」。宇宙の製作者が善きものであるとすれば、常に同一を保つものをモデルにしてこの宇宙を作ったはずであり、 他方、宇宙の製作者が悪しきものであるとすれば、常に生成消滅しているものをモデルにしてこの宇宙を作ったはずである。 だが、この宇宙は立派なものであり、その製作者はすぐれた善きものであることは明らかである。したがって、宇宙の製作者は、「同一を保ち、恒常のありかたをするもの」をモデルにして、これに倣って宇宙を創造した。

ここで言われる「同一を保ち、恒常のあり方をするもの」がイデアであり、これは宇宙創造の「モデル」となったものという意味で、「範型イデア」(パラデイグマとしてのイデア)と呼ばれます。
(ちなみに、「パラデイグマ」というギリシア語は、現代科学哲学で使われる「パラダイム」という英語の語源です)。また、ここで宇宙の製作者と言われているのがいわゆる「デーミウールゴス」(職人の謂い)であり、このデーミウールゴスがイデアをモデルにしてこの宇宙を作ったので、この世界に生成した事物はイデアの「似像」(エイコーン)であるとも言われます。(ちなみに、「エイコーン」というギリシア語は、キリスト教では「イコン」(偶像・聖像)の意で用いられます。また、パソコン画面上の「アイコン」の語源もギリシア語の「エイコーン」です)。

以上のほかにも、感覚的事物はイデアを分有することによってその事物である(たとえば、多くの美しい事物は、美のイデアを分有することによって、美しい)という、 感覚的事物のイデアに対する「分有」(メテクシス、メテケイン)の関係や、イデアが感覚的事物に「臨在する」という、イデアの感覚的事物に対する「臨在」(パルーシア)、さらには、イデアと感覚的事物との関係ではなくて、イデアとイデアとの間に成り立つ分有関係、また、そもそもプラトンがなぜこうしたイデア論を立てたのかという、イデア論構築の意図など、プラトンのイデア論を説明するために必須の事項がまだまだいろいろがあります。これらについては、追々触れることにして、今回はここまでとします。


参考文献
加藤信朗、『ギリシア哲学史』、東京大学出版会
荻野弘之、『哲学の饗宴』、NHK出版
by matsuura2005 | 2004-02-16 16:59