管理人 : 松浦明宏
2004年 02月 10日 ( 1 )
哲学講義10 -ソクラテス(1) -無知の知 汝自身を知れ-
これまでイオニア自然学派やピタゴラス派等についてみてきました。これに引き続いて、授業で触れたエレア派(パルメニデス・ゼノン)とソフィスト、プラトン、アリストテレスについても多少は書こうと思って準備していたのですが、このままのペースだと、試験の日(2/18)が過ぎてしまいそうなので、とりあえず、今期の講義の主要部分となったソクラテスについて先に書くことにします。
残った部分については、試験日までにアップできるものについてはアップし、それ以外は、各自のノートをもとに試験に臨んでください。

では、ソクラテスについて要約的にお話します。

ソクラテス
ソクラテスという人の名前は皆さんも聞いたことがあるのではないかと思います。紀元前の5世紀後半から4世紀初頭にかけて古代ギリシアで生き、民主制をとっていたアテネの裁判で死刑判決を受け、牢獄で死刑執行、毒薬を飲んで死んでいった人です。ただこれだけのことであれば、他にも死刑判決を受けた人はいくらでもいるでしょうから、その後2500年にもわたってその名がのこるはずがありません。だから、ソクラテスは他の人とは違ったところを持っていたはずなのです。どこが違っていたのか。そこが問題です。もちろん、いくつか考え方はありうるでしょう。しかし、今は、私に思われる限りでのことを書いてみます。

よく言われるように、ソクラテスは当時知者で名高い人たちのところを訪ね歩いて、皆が見ている目の前で、その人が実は知者ではないということを示してまわった。いってみれば、これは
「あなたは知者で有名ですが、実は何にもわかっていない。」と大衆の目の前で言って回るようなものです。ただそう「言う」だけでなく、それを「証明」してしまった。だから各界の大立者の怒りを買って告発され、社会から抹殺されてしまった。たとえば、もしあなたが、大勢の市民の前で街頭演説をしている大物政治家のところへ行き、
その政治家の言うことにいちいち質問し、「ちょっと、あなた、それはどういう意味ですか。だって、さっきあなたはそれとは逆のことを言っていたではありませんか。だから、あなたの言っていることはおかしい。あなた自分が何をしゃべっているのかわかっているのですか。」というようなことを言い、その政治家の発言が矛盾していることを示したとしたら、たとえあなたの言うことが正しかったとしても、その政治家は怒るでしょうし、その支持者たちにも同様の怒りを買うでしょう。また、大学病院の教授のところへ行き、大勢の患者さんの目の前で、その教授が実は医療の何たるかについて何にもわかっていないと証明してしまったら、その教授の面目は丸つぶれ、教授はかんかんになってあなたに腹を立てるでしょう。その怒りをそのまま口や顔に出すかどうかはまた別問題です。

実際、ソクラテスは、政治家、技術者、詩人、そして、ソフィストを相手にこういうことをしたのです。(注:「ソフィスト」とは字義通りに言えば「知者」のことで、世の中のことは「何でも知っている」と自ら言い他人からもそう思われていた人、特に法廷弁論の仕方を若者に教えて高額の授業料を取る弁論家のことです。弁論家という以上、話がやたらとうまく、幾何学、天文学、歴史、神話、等々、ありとあらゆることを題材にして、放っておくと一日中一人で喋り続けているような種類の人です。)


まあ、こういったようなことをソクラテスという人はし続けていて、それを「哲学」(フィロソフィア)の活動だといっていたので、「お前がその「哲学」をやめれば助けてやってもいい」、みたいなことを言われたりもしたわけです。

それはともかく、言いたいのは、あなたは医者なり政治家なり、要するに、その道の権威者に向かって、こういうことをしますか?ということなのです。そういうことをしたら単にその人に嫌われるだけでなく、ひどい目にあわされるのではないかと思って、普通はそういうことはしません。
特に、日本人は「和をもって尊しとする」ではありませんが、他人との協調性を第一に考えるお国柄ですから、まあ、こういうことをする人はあまりいません。その意味で、(現代日本と古代ギリシアとの違いを無視して言えば、)そういうことをしつづけたソクラテスは他の人たちとは違っていたと思うのです。

なぜソクラテスがこういうことをし続けたのかといえば、デルフォイという神殿の巫女さんが語った神託が事の発端だといわれます。思い切りラフな言い方をすれば、明治神宮や伊勢神宮でおみくじをひいたら、そこに「哲学せよ」と書いてあったから哲学し続けた、という類のことです。ちょっと変な奴でしょう?そう、ちょっと変わった人なんですよ、ソクラテスは。それがわかってもらえればいい。

ここでちょっと脱線になりますが、ソクラテスが「変な奴」だということを示すエピソードを一つあげておきましょう。たとえば、ソクラテスはあるとき、ある人から招待を受けて、その人のところへ行く途中、知り合いと出くわした。その知り合いは招待を受けていなかったが、ソクラテスに誘われて、ソクラテスと一緒にそのある人のところへ行くことになった。ところが、何を思ったかソクラテスは、途中で突然物思いにふけり始め、「ちょっと君、先に行っててくれ。」と、招待を受けていないその知人をそのある人のところへひとりで訪問するように言った。文字通り「招かれざる客」として訪問しなければならなくなってしまったわけですね、その人は。考えてみれば失礼な話ですよね。わたしなら、「何言ってるんだ。もともと君が一緒に行こうって言い出したんじゃないか。一緒に行ってくれよ。」と言いたくなります。

このように、物思いにふけり始めると、ソクラテスは、それ以外のことはまったく眼中になくなり、場合によっては、一晩中、その場に立ち尽くしていることもあったのだそうです。道端で一晩中立ったままじっとしていたら、「挙動不審」といわれて警察や病院に連れて行かれるかもしれませんから、皆さんは真似しないほうがいいと思います。車にひかれるかもしれませんし、ひかれなくても交通の邪魔になる。

話をもとにもどします。先のデルフォイ神託の話をもう少し正確に言いましょう。ソクラテスの弟子の一人にカイレフォンという男がいたのですが、この男は、デルフォイ神殿の巫女さんから「ソクラテスが最高の知者である」という神託を受け、それをソクラテスに伝えました。すると、ソクラテスは、自分のことを知者だとは思っていなかったので、これはおかしいと思った。しかし、その一方で、神の言うことに間違いがあるはずがない、とも思った。そこで、世の中で知者で誉れ高い人たちのところを訪ねて、その人が知者であることを示し、神託への反証にしようと思った。ほら、ここに私より賢い人がいる。だから、デルフォイの神託は間違いだ、とね。

しかし、先に述べたように、知者たちの考えをよくよく調べてみると、みんな何もわかっていないことがわかってしまった。そこで、ソクラテスは、これはどうしたことか、と考えた。そして、こう思った。この人たちは自分のことを知者だと思っているが、私はそう思っていない。この人たちも私も知者ではないという点では同じだが、この人たちは自分のことを「実際には知者ではないのに、知者であると思っている」のに対して、私は自分のことを「実際に知者ではないその通りに、知者ではないと思っている」。この点で、彼等と私には違いがある。自分が知者ではないというそのあり方を、そのあり方の通りに「自覚」しているという点で、この点で、私の方が世の知者たちより賢い。自分が知らないということを知っているということ、自分は何もわかっていないということを自覚しているということ、この意味で、これは「無知の知」と言われているわけです。

この「無知の知」という考えは、「汝自身を知れ」(グノーティ・セアウトン)という、もともとはギリシアの七賢人の言葉であったものが後にデルフォイ神殿に刻まれた格言とも密接に関係する内容です。「グノーティ・セアウトン」という言葉は、「度を越すなかれ」という意味で使われ、現在のギリシアでは、酒場の店の入り口付近に張ってあるそうです。正体を失うまで飲むなよ、ということですね。こういう意味で使われているこの「汝自身を知れ」という言葉は、ソクラテスの思想を理解する上で、非常に大切です。いわゆる自己知の問題だからです。

上述の世の知者たちは、自分自身がどういう人間であるかを知らなかったし、知ろうともしない。というよりはむしろ、自分で自分のことを知者だと思い込んでいるのですから、自分が知者かどうかを疑ってみることさえできない。その意味で、そういう人たちは、本当の自分の姿を自分だけでは「知ろうとすること」さえできないのです。

しかし、ソクラテスにはそれができた。ソクラテスは、自分がどういう人間であるかを、十分には知らなかったにしても、少なくとも、世の知者以上には知っていたし、知ろうとした。知ろうとすることができた。この点で、ソクラテスと世の知者たちとは違っていた。他人から知者の名声・評判を得、その名声・評判を基準にして、それと意識するにせよ意識しないにせよ自分自身を知者だと思い、それで満足していたのに比べて、ソクラテスはそうした名声・評判を基準に自分のあり方を捉えなかった。自分で自分のあり方を捉えようとした。

そのためにソクラテスは、もちろん、先に「変な奴」のエピソードとして述べたように、一人でじっと立ちつくして瞑想することはあったにせよ、他の人々との「対話」を通じて、自分自身を吟味した。ソクラテスにとって、他者との対話は、法廷弁論によって他人をやっつけるための対話、反論するための反論なのではありません。自分自身を吟味するための対話なのです。だから、ソクラテスが最も賢いという神託を受けて、他人を吟味して回ったのも、自分自身は賢くなんかないはずだ、ということを確かめるためだったという言い方もできるでしょう。むしろ、他者との対話を通じて、自分の無知が明らかになれば、少なくとも、その明らかになった分だけは、それ以前に比べて無知から抜け出すことができる。こうして少しずつ賢くなっていく。だから、ソクラテスは他人と対話し続け、それによって自分自身を吟味し続けていったのだと思うのです。

この自己吟味という活動は、「汝自身を知れ」という格言に従った活動だったわけですが、この格言だけなら、自分の周りの人たちとの対話で哲学を実践していくということもありえたかもしれない。しかし、この格言に加えてカイレフォンが「ソクラテスが最も賢い」という神託を持ってきたために、自分の周りの人たちだけでなく、世で知者と名高い人々を訪ね歩くことになり、その人たちから誤解されて死刑になってしまった。こういうことなのではないかと私には思えるのです。

その意味で、ソクラテスの哲学は、誤解されたというのはつまり、世の中の人にとって、他人を吟味して反論することは、法廷などで相手をやっつけるためにする類のことでしかなかったということです。したがって、根本的には、「対話」ということについての理解がソクラテスと世の中の人々とで違っていたこと、このことがソクラテスを死においやった最大の原因であり、同時にまた、ソクラテスの名を後世に残すことになった一つの大きな原因なのでしょう。ただし、それだけでないことは明らかですから、次回は、もう少し別の角度からソクラテスの思想を見てみたいと思います。

尚、授業中には、「善美なる事柄」という点や、「自然世界から人倫の世界へと哲学を転向した」という点にも言及しましたが、その点については、さしあたり、ここでは省略します。ソクラテス(2)以降で触れることができれば触れることにします。
by matsuura2005 | 2004-02-10 16:43