管理人 : 松浦明宏
プラトン解釈(2) -シュライアーマッハー主義とテュービンゲン学派-
プラトン解釈(1) -全体の導入-
プラトン解釈(3) -シュライアーマッハーのプラトン解釈(1)-
プラトン解釈(4) -シュライアーマッハーのプラトン解釈(2)-
プラトン解釈(5) -シュライアーマッハーのプラトン解釈(3)-


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シュライアーマッハー主義とテュービンゲン学派

 シュライアーマッハー(Friedrich Daniel Ernst Schleiermacher (1768-1834))は、フィヒテやシュレーゲルと同時代に活躍したドイツ観念論の思想家であり、ドイツ・ロマン主義やシェリングの同一哲学の影響を受けたプロテスタントの神学者としても知られている。シュライアーマッハーはまた、一七九九年から一八〇四年の間、シュレーゲルと共にプラトン全集のドイツ語翻訳に従事した。次第にシュレーゲルはその翻訳作業をシュライアーマッハーに任せるようになり、一八〇四年から一八二八年にかけて、シュライアーマッハーによる翻訳が出版された 。このシュライアーマッハーの思想の全体に立ち入ることは本書の考察の域を越える。むしろここでは、シュライアーマッハーがプラトン全集のドイツ語訳を試みたことが、現代のプラトン解釈にいかなる影響を及ぼしたのかという点に焦点を絞ってみていくことにする。だがそのためにはまず、現在、プラトン研究の領域において、シュライアーマッハー主義と言われているものと、近年ドイツやイタリアを中心に影響力を高めつつあるテュービンゲン学派 とのおおまかな対比から話を始めるのがよいだろう。これら両者の論争の大枠を捉えることが、シュライアーマッハーのプラトン解釈を理解するための導入となるように思われるからである。

 シュライアーマッハー主義とテュービンゲン学派との争点は、おおまかに言えば、プラトンの思想を解釈する際に、対話篇という直接伝承にこそプラトン自身の考えが反映されており、対話篇を解釈することがプラトン自身の思想を理解することであると考えるか、間接伝承「不文の教説」(agrapha dogmata) の中にこそプラトンの思想の重要な点が含まれており、これを解釈することがプラトンが本当に大切にしていた事柄を理解することにつながると考えるか、ということにある。不文の教説というのは、プラトンが対話篇には書かずに口頭の授業だけで教えたとされる教えのことであり、そうした口頭での教えがその授業に出席したアリストテレスの著作や断片等の中で報告されるという仕方で、われわれに伝えられているわけである。プラトン自身が書いたと考えられている対話篇や書簡を直接伝承とすれば、不文の教説は間接伝承であり、そうした間接伝承をプラトン解釈を行う際の典拠として用いることが、果たしてどこまで妥当なのかが争われているわけである。

 不文の教説については、具体的には第三章第四節で扱うこととし、ここでは以下のようなごく簡単な紹介にとどめることにしよう。この教説には、「善は一である」という教えや、一と不定の二という原理理論、あるいはまた、これと密接にかかわるイデア数の説などがあり 、たとえば、紀元後六世紀の新プラトン主義者シンプリキオス は、アリストテレスの「善について」に基づくアレクサンドロスの報告等に基づいて、プラトンが次のことを語ったとしている。すなわち、一と不定の二は感覚対象とイデアとのいずれの原理でもあって、これらのうち不定の二は、無限定のものである 。この場合には、プラトンの講義内容が、アリストテレス、アレクサンドロス、シンプリキオスという三人を間にはさんで伝えられていることになり、しかも、プラトンからシンプリキオスまでの間には九百年近い年月が経っていることになるわけである。

 シュライアーマッハーは、こうした間接伝承にはあまり信を置かず、むしろそこに見られる原理理論をはじめとするプラトン哲学の全体系が、対話篇の中に含まれていると考える。したがって、アリストテレスやシンプリキオス等の報告による間接伝承によらずとも、プラトンの対話篇だけを読むことによって、プラトン哲学の全体系を理解することができると考える。これに対して、テュービンゲン学派は、対話篇のみではプラトン哲学のすべてを理解することはできず、間接伝承による補完を必要とすると考える。

 テュービンゲン学派の第一人者ハンス・ヨアヒム・クレーマーがシュライアーマッハー主義を紹介する際の記述によれば 、シュライアーマッハーは、「聖書のみ」(sola scriptura)とスローガン化される聖書解釈の方法をプラトンの対話篇に適用し、プラトン自身の書いた「対話篇のみ」からプラトンの全思想を理解しようとした。また、クレーマーによれば、シュライアーマッハーは、当時のロマン主義やシェリングの同一哲学の影響下にプラトンを解釈したとされる。さらにまた、同じくテュービンゲン学派のコンラート・ガイザーの後任としてテュービンゲン大学教授に就任したトーマス・A・スレザークによれば、シュライアーマッハー主義とテュービンゲン学派との争点は、反秘教主義的(antiesoterisch)と秘教主義的(esoterisch)との違いにあるのではなく、テキスト内在的秘教主義(die textimmanente Esoterik)と対話篇超出的秘教主義(die dialogübersteigende Esoterik)という、秘教主義内部での違いにある 。つまり、スレザークは、シュライアーマッハー(主義)とテュービンゲン学派との対立は、これまで各々反秘教主義と秘教主義との対立であると思われていたけれども、それは実は、プラトンのテキストに明示的には書かれていない秘教をプラトンのテキストの中から読み取ろうとする秘教主義と、アリストテレスの報告等、プラトンのテキストの外部に書かれていることをも考慮に入れる秘教主義という、秘教主義同士の対立である、と考えるわけである。

(以下「プラトン解釈(3) -シュライアーマッハーのプラトン解釈(1)-」に続く)
by matsuura2005 | 2005-10-18 02:02
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